~ガラパゴス列島に住む日本人のDNA~
ちょうど35年前の1991年4月、NTT(当時)がサービスを開始した超小型・軽量携帯電話シリーズ「mova(ムーバ)P」が発売された頃、当時世界最小・最軽量(容積約150cc、重さ約230g)を誇り、業界に大きな衝撃を与えました。
私が社会人として勤務をスタートした松下通信工業(現パナソニック)製の端末でした。
1983年入社時は技術者だった私は6年後に松下電器産業 宣伝事業部に異動し、ムーバPの宣伝担当になりました。バブル景気が終焉したといわれた時期でしたが、携帯電話だけで確か2000億とかの売り上げがあり、2000年には1兆円企業を目指すとか、活気づいていた記憶があります。

今のようなSNSが時代、宣伝はTV・ラジオCM、新聞、雑誌、交通広告とマスメディア中心、しかも通信事業者はドコモ、セルラー、IDOと3大グループがあり、グループ別に異なる表現の広告制作が求められていたために、連日、深夜というか朝方まで仕事をして、毎日深夜タクシーで帰宅するような日々でした。
ほん一部ですがYouTubeで見られるCMもあります。
通信事業者のCMは驚くようなタレントも出演していました。
ツーカーホン関西ではハリソン・フォードさん
ドコモは織田裕二さん、広末涼子さん
少し脱線してしまいましたが、通話品質、小型、軽量、長時間使用という基本のスペックを
つきつめて成功した携帯電話事業でしたが、2008年iPhoneが日本に上陸するとわずか3年、
2011年にはスマートフォンの販売台数がガラケーを抜く時代がやってきます。
iPhone初代のCMです。
1999年にネットにつなげるiモードという機能はありましたが、
ボタンがない四角いスクリーン、タッチして様々なアプリを起動するというスタイルは、
小さくてもだれもが欲しいものをここで表現できる自由に開かれた広場のような存在、

この発想は日本企業にはありませんでした。
世界最小・最軽量と世を席巻した日本製携帯はわずか20年で終焉を迎えたことになります。
改めて日本人の特性を考えてみると、明確な目的に真摯に、丁寧で誠心誠意に向き合うことに対しては、優れたモノを作れる。逆に多様な欲求を満たすことを目指して未完成でも変化していけるモノづくりは苦手のように思えます。
今回は携帯電話業界のお話でしたが、日本生まれが評価されているものは、おもてなしの文化だったり、包丁とか和食にある職人の技だったりするのは、この日本人のDNAがなせる業なのでしょう。
ある業界では失われた30年でしたが、100年続く技にこそ、絶滅させてはいけない日本のDNAがあると思えてなりません。
現在、私が所属しているブレインファームでは、「CDP&EcoVadis対応 サステナビリティ評価の実務ガイド」を2026年8月10日に出版しました。その本のコラム「エコが買えた、家電の物語」で、日本の家電業界の変遷について、私へのインタビューという形で掲載しています。



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